2011年7月5日火曜日

SwinngMASA講演会(1)

5月21日に行ったSwingMASAさんの講演「私とカウンセリング」の記録をMASAさんの承諾のもと、順次掲載していきます。テープおこしてしてくれたのは、YOKOさんです。

はじめに
おはようございます。
ジャズサックス奏者のMaSaさんの紹介は、たぶんしなくてもいいと思いますが、この社会は、カウンセリングの世界も、学問の世界も商売の世界も、たぶんどこに行ってもそうだと思いますが、基本的に男社会です。
Jazzの世界もそうだと思います。そこで女性Jazz奏者として生きていることのいろいろをお話しいただきます。
またMASAさんはずっとカウンセリングを受けておられるのですが、ちらしにある通り「私とカウンセリング」ということでニューヨークでのカウンセリング経験についてお話していただたきます。

SwingMASA講演
<ニューヨークに行くまで>
こんにちは。MASAです。カウンセリングは、とぎれながらも、ずっと受けていて、20年になります。受け始めたきっかけは、憧れのニューヨークに行ったものの、生活がめちゃくちゃになってしまって、自分ではよう立て直さんということがありました。私は87年に、ニューヨークにJazz修業に行くんですが、そもそも行くきっかけとなったのが大失恋でした。

 その当時、女同士で暮らすというのが結構ありました。志を持って生きて行きたいと思っても、女が一人で生活するのはなかなか大変でした。収入も少なく、生活がままならない。それで、同じように志のある仲間が自然と集まって一軒家を借りて共同生活をするようになりました。その中、女同士で共同生活する中で、私は一人の女性と恋愛関係になりました。
 そのときに、子どもを持っていらっしゃる女性で、離婚のために家を出て、石垣島から大阪に出てきたという方がいらっしゃいました。それで、せっかく女同士で暮らしてるんだから、こういう状態の女性をサポートできなくてどうするんだと、その人を共同生活の中に一緒に受け入れるべきだみたいな主張を私が率先してしたんです。そのとき私とつき合っていた女性は人数が増えるので密度が濃くなりすぎるんじゃないかと反対したんですけど、「とりあえず行くとことかなかったら、うちとこ来たらええやん」ということで、その人を受け入れました。そしたら、その人と私のつき合ってた人とがうまく行ってしまって、私がはじかれたというか、大失恋をすることになってしまいました。

私はどうしたらいいのか分からへんようになって、とりあえずサックスと自分の2、3日の着替えだけ持って、先輩の所に転がり込みました。その間にこれからどうして生きて行こうかなと考えました。かねてからニューヨークへJazz修行に行きたいなと思っていましたので、そのときに心は真っ暗でしたが、ニューヨークに行くのは、今しかないなあと思いました。
それで「ニューヨークに行ってみたいなあ」と言ったら、その転がり込んだ先の先輩も、私の友達も、「ちょうどいいやん、今行っておいでや、そのためやったらコンサートでも開いて、出資金を募って、みんなでカンパするよ」と言ってくれました。それでコンサートを開いて、出資金を集めて、その出資金で、ニューヨークに行きました。
そんな風にいろんな人に見送られて、華々しく行ったんですけども、ニューヨークに行ったからと言ってどうにもならない。というか、私が憧れている、Jazzサキソフォーンプレイヤー像と、現実の私との間には大きな開きがあって、あまりにも違っていて、なかなか道筋がつけられなかったんです。 
    
                 (続きは明日<トミー・タレンタインとの出会い>