2011年5月25日水曜日

「ブロークバック・マウンテン」 *ただひとつ輝く場所* ②

山を降りて4年後、既にそれぞれの家庭を持つ二人はジャックからの便りで再会を果たす。それから20年に亘り、途切れ途切れに秘密の逢瀬を重ねるようになる。


ジャックはテキサスで金持ちの娘に逆ナンされる形で結婚したが、妻の親から疎んじられている。イニスと滅多に会えないことも彼には不満だ。二人で牧場をやろうと何度もイニスに持ちかけるが、イニスはそれに応えない。彼自身が離婚し、妻にジャックとの関係を知られていたと分かってからも。

イニスが幼い頃、父親が見せしめにしたリンチによる同性愛者の死が、彼の中に深い傷を残していた。ジャックと過ごす山での安らぎの時間と、あの凄惨な死の暗示とが背中合わせにある恐ろしさ。刷り込まれた恐怖はイニスの内部で更に強烈さを増し、彼を縛った。後ろめたさで身動き取れず、自分の本心がどこにあるのか判らない。望んで得たはずの家庭は壊れ、多くのものを失っていく。父の教訓は、イニスを幸せにはしなかった。
彼は内なるホモフォビアから自由になれず、別の生き方もあることに思い至らなかった。

やがてジャックとの永遠の別れが訪れる。ここにきてようやくイニスは、ジャックの思いの深さを知るのだった。二人だけで過ごしたあの山での、最も幸福だった時を胸にしまいこんで、彼はおそらくこの先一人で生きていくのだろう。
                            
最後に流れるウイリー・ネルソンの「 He Was a Friend of Mine」があまりにも似合いすぎていて、泣かずにいられなかった。ワイオミングにはイニスのように孤独な、年老いたカウボーイが実際に少なからずいるのだという。台湾出身のアン・リー監督によるこの映画は数々の賞を取ったが、一方で上映ボイコット運動がおきるなど賛否両論を巻き起こしたらしい。遅ればせながら観てよかったと思う。久しぶりに沁みる映画だった。(矢車菊 香)